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静岡地方裁判所 昭和41年(行ウ)31号 判決

沼津市大手町一五三番地

原告

潘進法

右訴訟代理人弁護士

佐藤英一

右同

河本与司幸

右同

松岡宏

右訴訟復代理人弁護士

西山正雄

沼津市大手町

被告

沼津税務署長

右指定代理人

島村芳見

右同

西山国顕

右同

石田柾夫

右同

佐藤弘二

右同

岩橋健

右同

石塚重夫

右同

井原光雄

右同

長沢甲子夫

右同

小川英長

右当事者間の所得税更正及賦課決定取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の申立て)

一、原告

「昭和四〇年四月二一日付で被告が原告に対してなしたところの、原告の昭和三七年度分所得税につきその譲渡所得を金一五、九九九、一一〇円とした更正決定のうち金七、八四九、九一二円を越える部分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

(請求原因)

一、原告は、昭和三七年度分所得税につき譲渡所得を金七、八四九、九一二円として修正申告したところ、被告は、昭和四〇年四月二一日譲渡所得を金一五、九九九、一一〇円とする旨の更正決定をした。

二、しかし、右更正決定は次に述べるように所得の認定を誤つている。

即ち、被告は、原告が所有していた沼津市大手町一五三番の二所在の宅地(以下本件土地という)を昭和三七年訴外株式会社いさみや(以下いさみやという)へ譲渡した際の原告の収入金額は、金三八、八四二、〇〇〇円であると認定し、その結果譲渡所得を金一五、九九九、一一〇円と更正したが、しかし、原告がいさみやへ本件土地を譲渡した際の売却代金は坪当り金七〇万円総額金二三、〇〇〇、〇〇〇円であり、従つてその譲渡所得は金七、九四九、九一二円となるのである。それ故、被告の右所得の認定は誤つており、右更正決定は違法である。

三、そこで原告は、昭和四〇年五月一五日被告に対して異議申立をしたが、何らの決定がなかつたので、同年八月一六日名古屋国税局長に対する審査請求とみなされたところ同四一年八月一二日原告の審査請求を棄却する旨の裁決があつたので、本訴請求におよんだ。

(請求原因に対する認否)

一、請求原因第一項、第三項の事実は認める。

二、請求原因第二項の事実中本件土地を原告が金二三、〇〇〇、〇〇〇円で売却したとの点は否認し、その余の事実は認める。

(被告の主張)

本件土地(別紙見取図(二)のBの土地)の譲渡金額を金三八、八四二、〇〇〇円と認め、その譲渡所得金額を金一五、九九九、一一〇円として被告が更正処分を行なつたことは次に述べるごとく適法な処分である。

一、本件土地が原告からいさみやに譲渡された経緯およびいさみやが本件土地およびその隣接土地を広く買収した事情。

(一)  いさみやは、昭和三七年当時沼津駅附近の繁華街である仲見世通りにおいて婦人服および洋品の販売を行つていたが、別紙見取図(一)に「いさみや所有地」として表示したとおり同社の仲見世通りに面する間口が非常に狭いことから、かねてより仲見世通りに面した土地を買収して店舗を拡張したいと考えていたところが、たまたま昭和三七年一月一〇日本件土地に隣接する略称京極飲酒店街から出火し、本件土地およびその附近一帯が焼失した。

(二)  いさみやは、この火災を契機としてかねてからの店舗拡張の意図にもとづいて、仲見世通りに面している別紙見取図(一)の(E)(H)(I)の土地を買い取ることを計画し、同年二月初頃(I)の土地の所有者である訴外久米義雄(以下久米という)から当該土地を坪当り一、一五〇、〇〇〇円で買受け、これと前後して(E)(H)の土地についてその所有者である訴外三村きぬ子(以下三村という)に対し当該土地を譲り受けたいと申し入れた。これに対し三村は当該土地は譲渡してもよいが、一部替地として本件土地を欲しいとの希望を示したので、いさみやは、原告に対し本件土地の買入れを申し入れた。

(三)  一方原告は自分が代表者である中華料理店、訴外有限会社万来軒(以下万来軒という)に店舗を賃貸していたが前記火災によりその店舗を焼失し再建を容儀なくされていたところ、丁度いさみやから本件土地を譲渡してほしいとの申入れを受けたので別紙見取図(一)の(A)の土地のうちから本件土地を分筆して、いさみやに譲渡したものである。

(四)  そこで、いさみやは原告から譲渡を受けた本件土地を別紙見取図(三)の(C)と(D)の土地に分筆し、(C)の土地については三村が所有する(H)(G)(別紙見取図(一)の(E)の土地を、見取図(二)(D)の如く(G)(F)に分筆した。)の土地と交換し土地については後日更に訴外長島義雄に譲渡した。

(五)  また、いさみやは別に前記(E)の土地から分筆した(F)の土地を三村から譲り受けた。

二、隣接土地の譲渡金額の調査状況

(一)  いさみやの備付帳簿について隣接土地の譲受代金として支払われた金額を調査したところ、土地勘定に次のような経理がなされていた。

支払先 支払金額 備考

藩進法 二三、〇〇〇、〇〇〇円 (B)の土地三五坪二合に対する分

三村きぬ子 二二、〇〇〇、〇〇〇円 (F)の土地三一坪一合五勺に対する分

久米義雄 八、五〇〇、〇〇〇円 (I)の土地一五坪三合八勺に対する分

(二)  更に右備付帳簿を調査したところ、いさみやが隣接土地の買取に着手した以降において、いさみやの代表者である杉山進に対する貸付金および仮払金勘定として多額の金額が計上されていることが判明した。

そこでその資金の使途について杉山進の息子でありいさみやの役員である杉山安弘に説明を求めたが、同人は知らないと申し立てた。しかしながら杉山進は前記火災当時病床にあつた状況からして、右安弘がその資金の使途について知らないとは到底考えられなかつた。

(三)  被告はいさみやの右のような経理に不審を抱き、さらに久米に対し(I)の土地の譲渡代金を調査したところ久米の取引銀行である駿河銀行沼津駅支店に対し昭和三七年七月九日久米名義をもつて現金四、五〇〇、〇〇〇円と内田夏子名義をもつて現金一、八八七、〇〇〇円合計六、三八七、〇〇〇円が入金されていること、また、昭和三七年七月一二日同じく久米名義で現金六、八〇〇、〇〇〇円の入金がなされていることが判明した。そこでこれについて久米に質したところ久米は、昭和三七年二月上旬にいさみやに対し当該土地を坪当り一、一五〇、〇〇〇円総額一七、六八七、〇〇〇円で譲渡し、契約のとき手付金として五〇万円を受け取り、その後残金を受領したときに右銀行に入金したものであると申し立てた。

そこで、いさみやについてこれが土地代金の資金について調査したところ、次の事実が明らかとなつた。

(イ) 昭和三七年七月九日入金の六、三八七、〇〇〇円は、いさみやの土地勘定に経理されている昭和三七年七月五日支払四、五〇〇、〇〇〇円と備付帳簿に経理されていない出所不明の資金一、八八七、〇〇〇円をもつて支払われたこと。

(ロ) 昭和三七年七月一二日の六、八〇〇、〇〇〇円は、いさみやの代表者杉山進に対する貸付金勘定として経理されている同年七月一二日の六、八〇〇、〇〇〇円から支払われたこと。

(ハ) 契約時において久米が手付金としていさみやから受領した五〇〇、〇〇〇円は、いさみやの代表者杉山進に対する仮払金として経理されている昭和三七年二月一二日の五〇〇、〇〇〇円をもつて支払われたこと。

(ニ) その他四、〇〇〇、〇〇〇円の金がいさみやの土地勘定に経理されている金のうちから久米に支払われていること。

三、原告主張の本件土地譲渡金額の検討。

そこで、以上の調査等を基礎にして原告主張の本件土地の譲渡金額を検討してみると、次に述べる事情からしてその譲渡金額は到底信じ難いものであつて、原告はいさみやと意思を通じ、本件土地代金の一部を隠ぺいしたものであることは明らかである。以下その事情を述べる。

(一)  いさみやは久米が所有する土地の買取に当つて、前記のように二重契約を行なつていることが明らかであること。

(二)  いさみやは、昭和三七年五月二八日一〇、〇〇〇、〇〇〇円同年五月三一日五、〇〇〇、〇〇〇円、同年六月一日五、〇〇〇、〇〇〇円の合計二〇、〇〇〇、〇〇〇円を静岡銀行本町支店から借入れ、これを同支店の当座預金に入金し、更に、同年六月四日右当座預金より原告に土地代金の一部として九、〇〇〇、〇〇〇円を支払い、これを正規の土地勘定に経理し、また六月一日別に七、五〇〇、〇〇〇円を杉山進に対する仮払金として経理し、この金額を右当座預金から引出しているがその支払先は明らかにされていない。

ところが、六月一日頃に杉山進が土地代金の外に七、五〇〇、〇〇〇円という多額の金額を他に支払わねばならないような事情もなく、また、前記の久米に対する土地代金の一部六、八〇〇、〇〇〇円が杉山進に対する貸付金から支払われていることをも考えあわせると右金額も同様に原告に対する土地代金の一部として支払われたものであると推認できる。

一方静岡銀行本町支店における昭和三八年六月二〇日付のいさみやに対する協議書付属者によれば前記の二〇、〇〇〇、〇〇〇円の貸付金は、いさみやが土地の購入代金に充てたものである旨記載されていることも前記の推認を裏付けているとみられている。

(三)  いさみやが同社の代表者である杉山進に対する貸付金(または仮払金)として経理している金額のうち一部は、前述のとおり土地代金の一部として久米に支払われ、また一部は原告に対し土地代金の一部として支払われたものであることが推認されたが、なお残余の金額については使途が明らかでなく、当時杉山進個人がこのような資金を必要とする特別の事情も認められないことから、これらの資金も当然原告または三村の土地代金の一部に充てられたと認められること。

(四)  いさみやが、原告に対し本件土地を譲渡して欲しい旨申し入れたのは、三村の所有する(H)(G)の土地を取得するために本件土地が替地としてどうしても必要な土地であつたことにもとづくこと、およびいさみやが本件土地を原告から譲り受けたとしている昭和三七年三月一七日より早い二月上旬に既にいさみやは久米が所有する隣接土地(I)を坪当り一、一五〇、〇〇〇円で譲り受ける契約をしていたことからみて、原告に対しても当然坪当り一、一五〇、〇〇〇円程度の金額を示したと認められること。

(五)  本件土地は、繁華街である仲見世通りの中心に所在し、且つ角地であることから少くとも久米がいさみやに譲渡した(I)の土地より立地条件が優れていると認められその価額も右土地より下廻るとは考えられないこと。

(六)  本件土地は、いさみやが原告から取得した後三村の所有土地だつた(H)および(G)と交換したものであり、本件土地(B)を交換により取得した三村は、更に、本件土地の一部を昭和三九年二月二五日訴外磯村光利に譲渡しているが、その譲渡金額は坪当り一、七〇〇、〇〇〇円でありこの坪当り価額から本件土地の譲渡時期における価額を次のとおり日本不動産研究所発行全国市街地価格指数による上昇率により逆算するとその見込価額は一、二九二、〇〇〇円と算定されること。

(イ) 昭和三九年二月二五日の坪当り譲渡価額 一、七〇〇、〇〇〇円

(ロ) 地域差、本件土地そのもののため地域差は考慮にいれない。

(ハ) 本件譲渡時(昭和三七年三月一日)と三村の譲渡時(昭和三九年二月二五日)との時点修正。

日本不動産研究所発行の全国市街地価格指数によると昭和三〇年三月を一〇〇とした価額の上昇指数は次のとおりである。

昭和三七年三月の指数四七七。

昭和三九年三月の指数六二七。(なお昭和三九年二月の指数がないので便宜右三月の指数を適用した。)

右指数にもとづいて次の算式により時点修正を行なうと本件土地の坪当り見込時価は一、二九二、〇〇〇円となる。

〈省略〉

(七)  また、被告の調査によれば原告は、訴外三島信用金庫沼津支店に高田一郎なる架空名義の普通預金口座を有し、この口座に対し昭和三七年六月四日二、〇〇〇、〇〇〇円を預け入れており、この二、〇〇〇、〇〇〇円は昭和三七年六月四日いさみやから本件土地代金の一部として原告が支払を受けたと推認される七、五〇〇、〇〇〇円のうちから預け入れたものと推認される。すなわち、

(イ) 被告は訴外三島信用金庫沼津支店における高田一郎名義の普通預金口座について調査したところ、当該預金の名義人である高田一郎なるものは、その口座に記載されている沼津市西条町には居住せず、また、同口座からの払出しを請求した「普通預金払戻請求書」の筆跡と、原告が被告に提出した昭和三九年一月二九日付申立書および同一二月二四日付申立書の筆跡はほぼ同一人のものと判断されることから、右高田一郎名義の口座は原告のものと認められる。

(ロ) 更に原告は、自己のビル建設代金として訴外仁手建設株式会社に対し、昭和三七年六月二五日一、〇〇〇、〇〇〇円を現金で支払つているが同日前記高田一郎名義の口座から同じく一、〇〇〇、〇〇〇円の現金が払出されている。

(ハ) いさみやは、原告に対し本件土地代金の一部として九、〇〇〇、〇〇〇円を昭和三七年六月一日付の小切手をもつて支払つているが、原告は右九、〇〇〇、〇〇〇円の小切手の取立てを同年六月四日訴外三島信用金庫沼津支店に依頼しているので、いさみやが原告に対し実際に右金額を支払つたのは同年六月四日であることが認められる。

これは、原告といさみやが本件土地の所有権転登記申請書を昭和三七年六月一日に静岡地方法務局沼津支局に提出することを約し、いさみやは同日右九、〇〇〇、〇〇〇円を小切手で原告に支払うことを予定していたが、右所有権移転登記申請書に添付すべき登記義務者の権利に関する登記済証を提出することができなかつたため、不動産登記法第四四条に定める保証書を提出した。そこで、静岡地方法務局沼津支局登記官は同法第四四条の二に定める所定の手続をしたところ、登記義務者である原告は同月四日右所有権移転登記申請に間違いない旨の申出を同日登記の完了をしたので、右代金をいさみやが支払つたものと認められる。

(ニ) 以上の点から判断して、いさみやが別に現金で支払つたと認められる七、五〇〇、〇〇〇円についても当然前記九、〇〇〇、〇〇〇円と同様六月四日に原告に支払われたものと考えられる。また、原告は、当時本件土地の代金のほかに二、〇〇〇、〇〇〇円という多額の金額を入手するような事情がないので、前記高田一郎名義の口座に預け入れられた二、〇〇〇、〇〇〇円は六月四日いさみやから支払を受けた七、五〇〇、〇〇〇円の一部を預け入れたものと考えざるをえない。

四、本件土地の真実の譲渡価額

以上の事実からみると、本件土地は、久米がいさみやに譲渡した土地よりも立地条件が良く、且つ、いさみやは前述のとおり原告に対しても久米と契約した坪当り一、一五〇、〇〇〇円程度の価額を示したと認められること、更に、本件土地周辺の売買事例の価額から判断して本件土地の価額は少なくとも久米がいさみやに譲渡した坪当り価額を下廻らないと認められること等から、原告がいさみやに譲渡した本件土地の譲渡価額は少なくとも久米がいさみやに譲渡した価額と同様坪当り一、一五〇、〇〇〇円総額四〇、四八〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

五、更正処分の適法性

よつて、右により算定した四〇、四八〇、〇〇〇円を本件土地の譲渡金額と認めて、次に示したとおり譲渡所得金額を計算するとその金額は一六、八二三、六四五円となり、被告が右金額の範囲内で行つた昭和三七年分所得税の更正処分はなんら違法ではない。

譲渡所得金額の計算

〈イ〉  譲渡金額 四〇、四八〇、〇〇〇円

〈ロ〉  取得価額 三七九、〇五六円

(旧所得税法第一〇条の五第三項および規則第一二条の一九、第一項)

〈ハ〉  譲渡経費 二〇〇、〇〇〇円

〈ニ〉  買換資産の取得価額 六、一九二、二五〇円

〈ホ〉  譲渡所得の収入金額とみなす額 三四、二八七、七五〇円 〈イ〉-〈ニ〉

〈ヘ〉  控除する取得価額および必要経費の金額 四九〇、四六〇円 (〈ロ〉+〈ハ〉)×〈ホ〉/〈イ〉

〈ト〉  差引譲渡所得金額 三三、七九七、二九〇円 〈ホ〉-〈ヘ〉

(旧所得税法第九条第一項八号)

〈チ〉 特別控除後の譲渡所得金額 一六、八二三、六四五円 (〈ト〉-15万円)×

(旧所得税法第九条第一項前段カツコ書適用)

(被告の主張に対する原告の認否および反論)

一、(一) 被告主張の一、(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実中いさみやが久米および三村から隣接土地を購入した時期を除きその余の事実は認める。いさみやが久米より購入した時期は昭和三七年七月頃であり、また三村より実質的に購入した時期は同三五年に遡る。

(三) 同(三)、(四)、(五)の事実は認める。

二、被告主張二の事実は全て不知。

三、(一) 被告主張三の事実中(一)ないし(四)の事実は不知。

(二) 同(五)の事実については、本件土地が久米所有の土地より立地条件が優れているとの点は争う。

(三) 同(六)の事実は争う。

(四) 同(七)の事実は争う。

高田一郎名義の普通預金口座に預け入れられた二、〇〇〇、〇〇〇円は次のとおり原告の妻春之と使用人兼相談役の高井広市郎が原告に内緒で預金したものである。

(イ)  妻春之の従前の「ヘソクリ」 約八〇〇、〇〇〇円

(ロ)  建築資金援助金 七五〇、〇〇〇円

内訳 長野県須坂町、林恒吉より 一〇〇、〇〇〇円

新潟県高田仲町四丁目、銀法より 一〇〇、〇〇〇円

熱海市海岸通り、周銀昌より 三〇〇、〇〇〇円

東京都港区南青山二丁目九番二号、林鳳地より 一〇〇、〇〇〇円

三島市小路潘 家郎より 五〇、〇〇〇円

東京都中央区築地三丁目一七番一〇号 岩法より 五〇、〇〇〇円

山梨県都留市谷村、鄭加登より 五〇、〇〇〇円

(ハ)  火災見舞金(甲第五号証記載のとおり)

合計 四〇三、五〇〇円

(ニ)  沼津食品衛生協会共済火災保険金 四〇〇、〇〇〇円

四、(一) 被告主張四、五の事実は争う。

(二) 被告が原告に対してなした本件更正処分は違法である。

すなわち、原告が本件土地を昭和三七年三月周辺の土地の時価より廉価でいさみやに売却した背後には左記のような特殊事情があるのであつて、被告の処分はこの特殊事情を無視し、単に周辺の土地売買事例とのバランスを証拠として原告の申告を虚偽と認定したものであつて違法である。

原告は、本籍中華民国浙江省永嘉県生れの第三国人であるが、昭和三七年一月一〇日その経営せる沼津市所在の中華料理店を類焼によつて失い、再起を余儀なくされた。しかも、不運のことに右焼失家屋に火災保険がかけられていなかつたため、原告は復興資金を他より全面的に仰がざるを得なかつた。しかし、日本の金融機関では高利貸以外第三国人である原告に対しては融資してくれず、また、中華民国領事館にしても五、〇〇〇、〇〇〇円程度の融資を許可してくれたに過ぎなかつた。それ故中華料理店を再建するには全く資金不足の状態にあつた。そのような折、いさみやより本件土地を売らないかとの話があり、原告は渡りに舟と同年三月一七日と五月二八日の二回に亘り坪当り七〇〇、〇〇〇円総額二三、〇〇〇、〇〇〇円で売買契約を締結したのである。

(原告の反論に対する被告の認否および反論)

原告は、三島信用金庫沼津支店に高田一郎名義をもつてなした普通預金二、〇〇〇、〇〇〇円は原告の妻春之が同人の「ヘソクリ」約八〇〇、〇〇〇円、建築資金援助金七五〇、〇〇〇円、火災見舞金四〇三、五〇〇円および沼津食品衛生協会共済火災保険四〇〇、〇〇〇円のうちから預け入れたもので、原告は全く関知しない旨主張するが、右主張の失当なことについて以下詳論する。

一、春之の「ヘソクリ」八〇〇、〇〇〇円について

原告の妻春之が八〇〇、〇〇〇円の「ヘソクリ」を有していたことは否認する。

同女には特に資産はなく、仮に「ヘソクリ」があつたとしても昭和三七年一月一〇日火災に遭遇してすべての財産を焼失したはずであり、また、同女が火災後半年足らずで約八〇〇、〇〇〇円という高額の「ヘソクリ」を作り得るだけの金銭的な余裕があつたとは考えられない。また、仮に同女に「ヘソクリ」があつたとしても昭和三七年六月四日原告の他の金銭とともにこれを二、〇〇〇、〇〇〇円として三島信用金庫沼津支店に預金し、同月二五日には 一、〇〇〇、〇〇〇円を引き出していることを考えると、長年蓄積した「ヘソクリ」をなぜ短期間預金しなければならなかつたか理解しがたいことである。

さらに、同女の「ヘソクリ」八〇〇、〇〇〇円があるならば、同女名義をもつて預金するのが通常であるところ、高田一郎なる架空名義をもつて原告の他の金銭とともに預金していることも不可解である。

二、建築資金援助金七五〇、〇〇〇円について

原告が被災後友人らから建築資金援助金七五〇、〇〇〇円を得た事実は否認。

通常火災に遭遇した場合、親戚、知人、友人らから火災見舞金を被災者が受けることは慣行であるが、そのほか建築資金援助金を別途受けることは極めて異例なことである。また、原告が主張している援助金を支出した林恒吉外数名について被告が調査したところによれば、原告に金銭を支出したことはないとか、仮に支出したとしても貸し付けた金であるとか述べており、かつ、貸し付けたという者については証言はなく、さらに、貸し付けあるいは贈与したという者の主張する金額と原告の主張する金額も一致しない。

加えて、原告が火災後建築した潘ビルは、その建築資金が約二五、〇〇〇、〇〇〇円近いことからみても、原告の主張するような僅かな金員を建築資金として借り受けることも考えられない。

三、火災見舞金四〇三、五〇〇円について

原告の妻春之が火災見舞金四〇三、五〇〇円をそのまま預金したことは不知。

原告が火災後知人、友人らから多数の見舞金、見舞品を受けたことは是認するが、通常火災見舞金を受け取つた場合その額と同額ないしはやや少額の「お返し」をするものであり、原告がこれをせず、その妻が全額を預金することは到底考えられない。

四、沼津食品衛生協会共済火災保険金四〇〇、〇〇〇円について

原告が右火災保険金四〇〇、〇〇〇円を受領した事実は否認。

右保険契約は、万来軒がその所有する什器、備品について沼津食品衛生協会と契約したものであり、右保険金は右会社に支払われたものであつて、右会社も帳簿上同様の処理をしているのである。したがつて、右金員は、原告およびその妻とは何ら関係もなく本件預金とも関係がない。

五、以上のとおり高田一郎名義の預金二、〇〇〇、〇〇〇円についての原告の主張はいずれも失当であり、さらに、火災後約五ケ月間これを現金で保管していながら昭和三七年六月四日に至り急にこれを一括して架空名義で預金したことも不自然であり、また、右預金から同年六月二五日潘ビルの建築資金の一部一、〇〇〇、〇〇〇円が支払われていることを原告が知らないことも理解しがたい。

(立証)

一、原告

甲第一ないし第五号証、第六号証の一ないし一八を提出し、証人杉山安弘、同潘春之、同高井広市郎の各証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙第一ないし第三証、第五ないし第一二号証、第一八ないし第二〇号証、第二二号証、第二四ないし第三一号証、第三二号証の一、第三二号証の二の一ないし三の成立は認める、第四号証については原本の存在および成立ともに認める、その余の乙号各証(枝番とも)の成立は不知と述べた。

二、被告

乙第一ないし第一二号証、第一三号証の一、二、第一四ないし第三一号証、第三二号証の一、第三二号証の二の一ないし三、第三三ないし第三七号証を提出し、証人野村恒雄、同浜島正雄、同松下貞男の各証言を援用し、甲第一、第二号証、第六号証の一ないし一八の成立は認める、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

一、請求原因第一項、第三項の事実および第二項の事実のうち本件土地を原告がいさみやに売却した事実は当事者間に争いがない。

二、そこで本件更正処分が適法な処分であつたかどうかにつき次に検討する。

(一)  次の事実は当事者間に争いがない。

(1)  訴外いさみやは昭和二七年当時沼津駅附近の繁華街である仲見世通りにおいて婦人服、洋品の販売を行つていたが、別紙見取図(一)に「いさみや所有地」として表示されているとおり同社の仲見世通りに面する間口が非常に狭いことから、かねてより仲見世通りに面した土地を買収して店舗を拡張したいと考えていた。ところがたまたま昭和三七年一月一〇日本件土地に隣接する京極飲食店街から出火し、本件土地およびその附近一帯が焼失した。

(2)  いさみやはこの火災を契機としてかねてからの店舗拡張の意図にもとづいて、仲見世通りに面している別紙見取図(一)の(E)、(H)、(I)の土地を買取ることを計画し、(I)の土地の所有者である訴外久米義雄からその土地を後記の代金で買受け、また(E)(H)の土地についてその所有者である訴外三村きぬ子に対し譲ら受けの申入れをした。それに対し三村は右両地を譲渡してもよいが、その一部の替地として本件土地をほしいとの希望を示したので、いさみやは原告に対し本件土地の買入れを申し入れた。

(3)  一方原告は自分が代表者である中華料理店有限会社萬来軒に店舗を賃貸していたが前記火災によりその店舗を焼失し再建を余儀なくされていたところ、ちようどいさみやから本件土地を譲渡してほしいとの申入れを受けたので別紙見取図(一)の(A)の土地のうちから本件土地(B)を分筆していさみやに譲渡した。

(4)  そこでいさみやは原告から譲りうけた本件土地見取図(三)の(C)と(D)の土地に分筆し、(C)の土地を三村が所有する(H)、(G)((E)の土地を分筆したもの)の土地と交換し、(D)の土地は他に処分した。そしていさみやは別に(F)((E)の土地を分筆したもの)の土地を三村から譲りうけた。

右の争いない事実によれば、原告および訴外久米、三村がいさみやに譲渡した土地はほとんど隣接するといつてもよい土地であり、その買主は同一人で、しかも買主が買いうけることを希望している土地であることが認められ、それら土地の売買価格はそれ程差がないものと推認される。

(二)  証人野村恒雄の証言によつて成立の認められる乙第一五証証人浜島正雄の証言によつて成立の認められる乙第一六号証、成立に争いのない乙第一八号証、証人野村恒雄、同杉山安弘の各証言によつて成立の認められる乙第一三号証の二、および証人野村恒雄、同松下貞男、同浜島正雄の各証言を総合すると次の事実が認められる。

訴外いさみやは、訴外久米義雄より昭和三七年五月五日本件土地の近隣土地である別紙見取図(一)(I)の土地を買い受けたが(この事実は日付の点を除き当事者間に争いがない)、その際双方とも書面上は坪当り価額七五万円として契約書、帳簿等を作成した。しかし、実際の売買価額は坪当り一一五万円で、いさみやはその代金を正規の土地勘定のほかいさみやの当時の代表者であつた訴外杉山進に対する仮払金勘定や貸付勘定で支払つた。(代金額についても争いがない。)

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  原本の存在および成立について当事者間に争いのない乙第四号証成立について当事者間に争いのない乙第二四号証および証人浜島正雄の証言によつて成立の認められる乙第二三号証および証人浜島正雄の証言を総合すると、本件土地は久米がいさみやに売却した前記土地と比較すると、角地であり仲見世通りに面していてその立地条件は優れていること、本件土地は前記のようにいさみやが原告から取得した後訴外三村きぬ子の所有土地だつた前記見取図(一)、(二)の(H)、(G)の土地と交換したが、三村は本件土地の一部を昭和三九年二月二五日に訴外磯村光利に譲渡しており、その際の譲渡金額は坪当り一七〇万円でこの坪当り価額から本件土地の譲渡時期における価額を日本不動産研究所発行全国支街地価格指数により逆算するとその見込価額は一、二九二、〇〇〇円となること、以上の事実が認められ右認定に反する証拠はない。

(四)  前出乙第一五号証、成立について当事者間に争いのない乙第一号証、第一九号証、第二〇号証、第二二号証、証人野村恒雄の証言によつて成立の認められる乙第一四号証、証人浜島正雄の証言によつて成立の認められる乙第二一号証および右浜島証言を総合すると次の事実が認められる。すなわちいさみやは昭和三七年五月二八日一、〇〇〇万円、同年五月三一日五〇〇万円同年六月一日五〇〇万円の計二、〇〇〇万円を静岡銀行本町支店から土地購入資金として借入れ、これを同支店の当座預金に入金し、更に同年六月四日右当座預金より原告に土地代金の一部として九〇〇万円を支払いこれを正規の土地勘定に経理し、また六月一日別に七五〇万円を杉山進に対する仮払金として経理し、この金額を当座預金から引出しているがその支払先は明らかにされていない。しかし、他方で、原告といさみやは本件土地の所有権移転登記申請書を昭和三七年六月一日に静岡地方法務局沼津支局に提出することを約し、いさみやは同日右九〇〇万円を小切手で原告に支払うことを予定していたが(昭和三七年六月一日付の小切手である)、右所有権移転登記申請書に添付すべき登記義務者の権利に関する登記済証を提出することができなかつたため、不動産登記法第四四条に定める保証書を提出したので、静岡地方法務局沼津支局登記官は同法第四四条の二に定める所定の手続きをしたところ、登記義務者である原告は同月四日右所有権移転登記申請に間違いない旨申出をし、一方同日右代金九〇〇万円をいさみやが支払つている。それらの事実を対比して考えると、右七五〇万円(これは現金で支払つたものと考えられる)についても前記九〇〇万円と同様六月四日に原告に支払われたものと推認される。以上の事実、すなわち本件土地の売買についても裏金が授受されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(五)  成立について当事者間に争いのない乙第二五号証、第二六号証、第三一号証、および証人浜島正雄の証言を総合すると原告は訴外三島信用金庫沼津支店に高田一郎という架空名義の普通預金口座を宥しており、その口座には昭和三七年六月四日付で二〇〇万円が預け入れられているがその金員は前記の七五〇万円の一部を預け入れたものであり、さらに原告は自己のビル建設代金として訴外仁手建設株式会社に対し、同口座から昭和三七年六月二五日一〇〇万円を現金で支払つていることが認められる。これに対して原告は右口座は原告の妻訴外潘春之のものであり、右二〇〇万円は春之が原告に内緒でヘソクリをしたものや、火災の際の見舞金等である旨主張し、これに添う証拠として甲第五号証、証人潘春之、同高井広市郎の各証言および原告本人尋問の結果がある。しかし、右各証拠のうち甲第五号証は作成者が不明であり、その他の証拠も不自然な供述が多く必ずしも信用できない。したがつて原告の右主張は採用できず、またその他に前記認定を覆すに足りる証拠もない。

(六)  右に認定した各事実によれば本件土地の譲渡価額は坪当り少くとも一一五万円を下らないものと推認され、これに反する甲第三号証、第四号証、乙第二号証、第三号証、証人杉山安弘の証言、および原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照らしやすく信用し難い。

原告は本件土地を周辺の土地の時価より安くいさみやに売却した背後には、原告が第三国人であつて他に金融をえる途がなかつたという特殊事情があつたと主張するが、右採用の証拠のほかにその主張を認めるに足りる証拠はない。

(七)  右の坪当り譲渡価額を基礎として本件土地の譲渡価額を計算すると四、〇四八万円となり、その譲渡所得金額は一六、八二三、六四五円となる。従つて、右の金額の範囲内で被告が行つた原告に対する昭和三七年分所得税の更正決定はなんら違法なものではないというべきである。

三、以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水上東作 裁判官 山田真也 裁判官 三上英昭)

別紙見取図(一)

〈省略〉

別紙見取図(二)

〈省略〉

別紙見取図(三)

〈省略〉

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